科学・良心・宗教心

 私の場合、それが正しいか正しくないかを調べられないものを「宗教・信教」と呼びます。

「10℃の水は液体である」
 というのは誰でも検証ができる、つまり調べられるもので、同条件下では同じ結果になるので、科学的なお話として受け止めます。

 それでは、
「人間は動物を食べずに生きるべき」
 というのはどうでしょう?

・何故、生物のうちに、動物と植物を分けなければならないのか?
・何故、植物は食べても良いのか?
・何故、雑食動物の人間が動物を食べるのはダメで、肉食動物に草食実験を施さずにそのまま捕食を許すのか?


 これをすべての菜食主義の方にお聞きして、全員から同じ答えが返ってくるとは思えません。
 ですから菜食主義というのは世界の数多くある信教のうちの一つだと認識し、

「貴方の菜食主義を尊重しますので、私の雑食主義も尊重してください」 
  
 という主張を行うのが、私なりの結論です。

 当然、海外の方々が野蛮と言ってもクジラやイルカを食べる事も尊重していきます。
 クジラはお刺身、竜田揚げとも美味しいですし、食べた経験がない事を理由に他人のイルカを食べる権利を侵害する気はありません。
 
「アメリカは銃社会で野蛮である、銃を捨てろ」
 とアメリカの方に言ったところで、おそらく私と同じ答えが返ってくる事でしょう。
「我々アメリカ人は銃と共に暮らす文化があるのだから、それは聞けない」
 国名と銃を日本やイルカ、クジラに差し替えれば、なんら問題は無いはずです。

「他国では問答無用で人種差別などと同じく野蛮とされているのである。だから日本側も考えるべき。」
 なんて、駄々っ子の言う「イヤなものはイヤ」と同じで、聞けない話です。

 とはいえ、今回はそういう主張をするにとどめておき、件の駐日大使を強く批判する必要はないでしょう。
 彼女が勝手に何を言おうと、それは大統領を介した正式な申し出でない以上、
「余計な事を言うな」
 で済むお話です。
 大統領が何か含めて言わせたのでもない限り、何も効力はありません。
 
 そのかわり、捕鯨推進派もイルカ漁の関係者も、PRはしっかりとしておくべきだと思います。
 世界は「至誠天に通じず」の世界ですので、この運動を無視しつづければ罪もないのに大悪人となってしまいます。
「泣かない赤ちゃんはミルクをもらえない」
 の精神で、堂々とアピールを続けるのが肝要だと思います。


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[ 2014/02/05 09:00 ] 日記 | TB(0) | CM(0)