東洋のマチュピチュと都の桜を巡る冒険 Part.01

 4/2から4/5まで、関西のほうへ旅行に行っておりました。
 おもな目標は以下の通り。

・東洋のマチュピチュこと竹田城を見たい。
・時代劇のロケ地を見たい。
・日野富子にまつわる何かが見られたら。
・京都で花見をしたい。


 ルートを計算すると、姫路から竹田城を見てから大阪京都方面に向かうのが効率的なので姫路行の夜行バスを利用することにしました。

2014040501.jpg

 4月1日夜。
 まずは秋葉原で腹ごしらえ。


2014040502.jpg

 女神様を見つつ、新宿のバスターミナルへ。
 
 高速バスの事件がきっかけで、規制が厳しくなったのか。
 バス停もないビルの前で待たされることもなくなり、PCや売店が完備されている待合室が設置されていました。

 以前に同じ会社を利用した時はキレ気味のスタッフさんが、
「〇〇方面はこちらでーす! こちらでーす!」
 などと叫んでいましたが、待合センターではモニターでどの便のバスが到着しているかわかるようになっていました。
 そのかわり料金も少し上がり、平均して1500~2000円前後は値上がりしたようです。
 諸々の安全基準も高まるので、これはしょうがないでしょうね。

2014040503.jpg

 静岡や名古屋のサービスエリアで休憩を重ね、06:45頃に姫路に到着。
 朝ごはんを食べようにも、どこも開いていないのでそのまま竹田城へ向かいます。
 竹田城は、姫路駅から寺前まで向かい、そこからさらに電車で竹田まで。
 電車で2時間、さらに徒歩で40分だそうです。

2014040504.jpg

 2両編成の電車だ!
 新鮮な気持ちで揺られること50分。 

2014040505.jpg

 寺前にて。
 竹田行の電車は本数少ないなあと思っていたら、フォロワーさん(マイミクさん)が御車を出してお待ちくださっていました。
 
 それはもう素敵な釘宮理恵さんや能登麻美子さんのナビを聞き、思わずニヤニヤしながら竹田城へ。
 駐車場に止めた後は、10分~20分ほどかけて登っていきます。

2014040506.jpg

 ぜえぜえひいひい言いながら登った私を待っていたのは、天空の城と呼ばれるに相応しい光景。
 東洋のマチュピチュ、竹田城です。

 深夜バスの旅の疲れがふきとぶ風景がそこにはありました。 

2014040507.jpg

 竹田城。
 虎が臥して構えているように見えることから、虎臥城とも言われるこのお城は、山名宗全によって築城されたといわれています。
 その後次々に城主が変わり、最後の城主赤松広秀は関ヶ原の戦いで西軍につき、敗北後切腹。江戸時代に廃城となります。
 江戸時代は大名の反乱を防ぐために一国一城制度を強化し、余計な城はできるだけ廃城する政策が取られていたようですね。

 竹田城を築城した山名宗全は、応仁の乱において日野富子の後押しもあり西軍総大将として活動します。
 応仁の乱の詳細は皆さんでお調べいただくとして、ここで乱暴にまとめておくと。

 足利義政「義視なあ。そろそろわても30歳や。おまえ弟なんやから、後を継いで次の征夷大将軍にならへんか?」
 足利義視「兄さんそれはダメです。まだ兄さんに子供が生まれないわけじゃないでしょう? 息子が生まれて追い出されるのもイヤですし。」
 義政「いやいや、たとえどんな事があっても将軍職を保証してやるさかい。証文だってこの通り。僧侶やめて戻ってこいや。」
 義視「本当に約束してくれますか? ならばしょうがないですね、僧侶止めて将軍職に就きますよ」
 日野富子「男の子が生まれちゃった」
 義政「・・・・・・義視、将軍はあきらめて欲しいんやけど」
 義視「えぇぇぇぇぇ! だから言ったじゃないですかー。イヤですよー。」
 富子「山名はん、自分の息子を将軍にさせたいから協力したってーな!」
 山名宗全「よっしゃよっしゃ!」

 これが戦国時代に突入したきっかけの一つと言われている、応仁の乱です。
 足利義政と日野富子の名前は、今回の旅日記でまた何度か登場するかもしれません。
 当時は夫婦別姓なので苗字が違いますが、二人は夫婦です。
(源頼朝の奥さんも北条政子ですからね。)

2014040508.jpg

 竹田城は観光客の急増により芝生が剥げ、足元が傷んできたので補修工事こそ行われてはいるものの。
 眺めの美しさやお城の持つ厳かな雰囲気は変わらず、ここに来て良かったと心より思ったのでした。

 観光客が急増する事で起こる問題点など、まだまだ運営上の課題はあるかもしれませんが、良い方向に向かっていけば良いですね。

2014040509.jpg

 城見学の後は、近所の資料館で映像や模型の資料を見学。
 付き添ってくださった知己たる方は竹田城をはじめお城に詳しい御仁で、歴史から撮影スポットまで詳しく教えていただき、まるで専門のガイドさんが付き添ってくださっているように、頼もしく感じました。普通ではなかなか得られない、貴重な体験でした。



 ところで。

 ここ朝来市には子供の飛び出しを注意するために、ドライバーに注意を促す人形、いわゆる「飛び出し人形」が沢山ありましたが・・・・・・。



2014040510.jpg

 なんとも時代を感じる作品が。 


スポンサーサイト
[ 2014/04/05 20:00 ] 日記 | TB(0) | CM(0)