沼地にしたのは誰か

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 昨日、映画『沈黙 -サイレンス-』を観に行ってきました。

 マーティン・スコセッシ監督、遠藤周作の小説『沈黙』が原作。
 伴天連追放令が実施されていた江戸時代に日本に密入国したセバスチャン・ロドリゴ神父が主人公となっています。
(モデルになった人物は実在しますが、小説自体は創作です。)
 
 作中で神父は多くの隠れキリシタンに出会い、その多くが処刑されます。
 その処刑方法は陰湿で残酷で、カップルで観るような映画ではない内容です。

 イッセー尾形さんが演じる長崎奉行のイノウエ(井上政重)がまたおっかない人物でして。
 ニッコリ笑うシーンが多いのに、やってる拷問が恐ろしいのなんのって。
 この映画で何か賞を取る役者さんがいるんじゃないでしょうかね。
 イッセーさんも浅野忠信さんも窪塚洋介さんも、素晴らしい演技でしたし。

 登場人物では、窪塚さんのキチジローにもっとも共感を覚えましたでしょうか。
 人間の多くが、ああいう性分なのではないかなと。

 それから外国人の監督が日本映画を作ると、どこかおかしな世界観になるのに、スコセッシ監督の作品はそんな事は無く、非常に忠実な日本感を表現されていたと思います。
 ロケ地に台湾が選ばれていたようなので、あの山地は台湾のそれかもしれませんね。

 ただこれだとあまりにもキリスト教側の立場になってしまうので、そろそろ日本側として弁護をしておきましょうか。

 織田信長はキリスト教の布教を許可しました。
 豊臣秀吉も信長に倣って許可をしていましたが、途中から伴天連追放令を出しました。
 江戸時代は完全にキリスト教が禁止になりました。
 
 サン=フェリペ号事件の事もありますが、最大の問題はキリスト教の持つ『唯一神』の概念でした。

・キリスト教は唯一神の教えであり、他の神は存在しない。
・そして他の神様の銅像は偶像信仰であり、そんな邪教は改めなければならない。
・日本の支配者がキリスト教の布教を許可した以上、邪教を改めるのは当然の権利である。
・よって今後は日本に存在する寺社を破壊し、僧侶は排除しないといけない。


 こんな理屈でキリシタン大名の領地内の寺社が破壊されて僧侶が殺されてしまっては、さすがに普通の日本人なら怒るでしょう。
 キリスト教に改宗しない領民を奴隷にして宣教師に売り渡すなども、考えられない話ですし。

「元々、大名は一時的にその領地を治めているのであるから、領地内の寺社を破壊するなどけしからん事である。」
 と秀吉が怒るのも納得です。
 あの時代キリスト教を受け入れた国の多くが植民地になってしまった事を考えると、秀吉や家康の選択は正しかったと思います。
 作中に、
「日本はキリスト教が根付かない沼地である。」
 という台詞がありましたが、沼地にしたのはキリシタン側でしょう。

 安土桃山時代のキリシタン達のそういう活動や、同時代に世界中で植民地を広げていった人々の映画ができれば、まだ公平な扱いなのでしょうけれども、この映画だけを観たら日本人が完全に悪役になってしまうような気はします。

 余談ですが、この長崎奉行のイノウエは、実在する井上政重がモデルとされています。
 大目付だったので長崎奉行には赴任していないはずですが、キリスト教対策を担当したのは実話のようです。
 領地は下総国高岡藩でした。
 今でいう千葉県の印旛、香取、相馬なので、日頃行ってるジョイフル本田などもイノウエの領地だった可能性があるわけです。

 なんだか急に親近感が・・・・・・。
 

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[ 2017/01/29 14:57 ] 日記 | TB(0) | CM(0)

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