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城と狸をめぐる冒険 Part.2 一筆啓上 火の用心

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 福井駅から京福バスに乗り、丸岡城へ向かいました。
 平日だったのでこのバスでお城へ向かうのは私一人。
 すると、バスの運転手さんが私一人のために丸岡城のガイドをしてくださいまして。
 旅先では親切な方に救われることが多々あります。

 丸岡城へ到着。
 バス停から徒歩1分とか2分で天守前まで行ける、観光客に非常に優しいお城です。

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 現存する天守でもっとも古い丸岡城。
 建てたのは柴田勝家の甥、柴田勝豊で。
 さらにここを治めるように指示をしたのが織田信長というのですから、戦国時代からこの城はあるわけです。
 柱は階層ごとに別々に建てられており、造りとしては古風だそうで。

 バスの運転手さんが、
「小さいお城ではありますが」
 とおっしゃっておりましたが、趣もありますし、最上階は広々していますし、展示品もごくさらりと存在し、城好きとしてはたまらないです。

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 地方にあるので、眺めも最高。
 まさに私が望む『理想的なお城』なのであります。
 大きければ良いというわけでもないのですよ。 

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 ただ階段の角度(勾配?)が急なのがちょっと怖かったです。
 壁への距離も近いですし。
 貸切り状態で私しかいなかったので、へっぴり腰で階段を下りました。
(こういう階段は上るより下りる方が怖いです)

 手すりの他にロープが用意されているお城も早々ありません。
 もしかしたらここにしかないかも?

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 お静の慰霊碑も発見。

 柴田勝豊がここを治めていたころ、何度工事をしても天守台の石垣が崩れました。
 そこで二人の子持ちだったシングルマザーのお静さんに人柱(工事が上手くいくように生き埋めにされる)を依頼。
「子供を士分(武士にする)に取り立ててあげるから、人柱になってくれ」
 お静さんは人柱になり工事も無事に終わったものの、柴田勝豊はほどなく移封(国替/別の場所を治める事)。
 約束が守られなかった恨みでお静さんは大蛇になって暴れまわったので、慰霊碑を立てたそうな。


 そりゃあ怒るでしょうお静さん。
 次の領主だった本多家が、子供でも子孫でも武士に取り立ててあげればよかったのに。
「頑張れば給料上げてやるからな!」
 って社員を焚き付けて過労で死なせてしまう社長が現在にいますが、ブラック企業(藩主)は昔からいたのですね。

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 さて、その次に来た本多家ですが、日本一短い手紙と言われている、

 一筆啓上 火の用心 お仙泣かすな 馬肥やせ

 これに登場する『お仙』が成長した、本多成重が江戸時代の初代城主となりました。
 手紙は彼の父親、本多重次が長篠の戦い(織田&徳川 VS 武田勝頼)の陣中で奥さんにあてた手紙だそうで、元々病弱なお仙に栄養のあるものを食べさせて、家の事もしっかりよろしくな、という、短い文章ながら非常に良くできた文章で、これを縁として現在でも丸岡では短い文章の手紙コンテスト的な物が開催されているそうです。

 バス停からお城までの道に入賞作品が展示されており、どれも非常に良くできています。
 こちらの作者は7歳のお子様。
 お母さんの事をよく見ているなあと感心するばかりでした。

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[ 2018/06/02 09:00 ] 日記 | TB(0) | CM(0)

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