あやまち

 子供の頃に接していた本やゲームを大人になってから遊ぶと、また違った趣があります。
 今日は当時ニガテだった真女神転生のお話を。

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 3Dマップが苦手で苦手でしょうがなかった真メガテンを、大人になってから遊ぶと、
「あ、思ったより簡単じゃないか。」
 なんて感じるようになってきました。
 大人になるにつれて難しいゲームを沢山遊ぶようになったので、相対的に3Dマップが楽になったのかも?

 それから大人になってから気づいたことは、3つのルートの話について。
 このゲームはマルチエンディングと言って、プレイヤーの行動により3パターンの展開が楽しめます。
 
 法と秩序を重んじるロウルート。
 自由と混沌を好むカオスルート。
 双方のバランスを取るニュートラルルート。

 昔は特に疑問を感じずにプレイしていたこのルートも、今遊ぶと色々と考える事が出てきますね。
 例えば自由を混沌を好むカオスルートなのに、自由と混沌と言う『秩序』を守る以上、必ずしもロウと反発するわけでもないんじゃないかな?など。

 この3ルートの何が違うのか。
 ひょっとしたら『あやまち』についての対応が違うのかな?と思います。

 カオスルートは力こそすべてなので、今ある現状がベストであり、あやまちなどは存在しない。
 ロウルートは神様(秩序)がすべてなので、あやまちは存在するが神様は間違える事が無く、幸せも不幸せもすべて受け入れる。
 ニュートラルルートは、人間は間違える生き物なので、その都度修正をしてやっていかないといけない。

 西洋の神様についての本を読むと、神を信仰する方々はあまり神様にお願いをしません。
 日本人なら寺社で学業や恋愛のお祈りをする行為を、あちらの方々はあまり好まないのです。

 その理由は、
「何かをしてくれと言うのは、神様を召使のように命令する事になってしまう。」
 からで、幸せも不幸も神様から頂いたものだと受け入れるとか。
 人は本人の努力等に関係なく幸せにも不幸にもなるので、不幸になった人をみんなで救おうというボランティア精神も培われてきたのでしょう。

 ここらへん、
「努力すれば報われる、頑張れば幸せになれる。だから不幸になったのは自分の頑張りが足りなかったのだ。」
 とする日本人とは違う所です。
 日本ではボランティア活動を受ける側を非難する人が沢山いますからね。

 海外プレイヤーが真メガテンを遊ぶと自然とロウルートに進んでしまうというエピソードを聞いたことがありますが、なるほどこれなら納得です。
 大破壊や水没も神様からの思し召しだと思えるなら、それもアリなのかもしれませんね。
 反対に日本人がニュートラルを選ぶのもわかるような気がします。
 ニュートラルルートが真のエンディングだ、という位置づけも、日本人が開発した作品ならではなのかも?
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[ 2015/03/16 09:00 ] 日記 | TB(0) | CM(2)

とても興味深い考察やわ(*゚ー゚)
メガテンシリーズ何作かやってるけども、そういや普通に自分の考えで進むとニュートラルになりやすかったなぁ。
なんというか「え、それは極端じゃない?」って思う選択肢が多くて困るのよ…w
[ 2015/03/19 01:14 ] [ 編集 ]

>「え、それは極端じゃない?」って思う選択肢が多くて困る
制作者側がわざとそんな感じにしたのでしょう。
トゥルーエンドがニュートラルENDらしいし。
人助けをするとロウに偏るっていうのも困ったね。
シナリオ的には、ロウヒーローよりカオスヒーローの方が人助けしていたみたいなのに・・・。
[ 2015/03/19 22:09 ] [ 編集 ]

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