藤原氏と京の桜を巡る冒険 1日目 Part.3 東大寺の中にある館員用階段の角度がほぼ垂直で怖かった件

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 奈良駅から歩いて35分位歩いて東大寺へ。
 
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 大仏のある大仏殿は遠くから見ても大きいけれど、近くで見ると巨大さがさらに増しますね。
 ただこれもフルサイズではなく、1709年に再興されたもの。
 これよりさらに大きかった前の大仏殿は戦国大名の松永久秀が焼きました。

 彼が信長への裏切りに失敗し、平蜘蛛釜に火薬を詰めて自爆をした際、罰が当たったと思った人が沢山いたとか。

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 大仏様はとにかくデカい。
 こればかりはみなさん実際に見てもらいたいです。
 なるほどこれならば現代人が見ても、世の乱れを収めてくれそうなくれそうな力を感じます。
 
 一応説明では世の中を鎮める為に造られたとなっていますが、長屋王(ながやのおおきみ)の一件も無関係ではないでしょう。
 藤原一族のゴリ押し政治に反対していた長屋王を無実の罪で陥れて謀殺した(自殺させた)後、長屋王と争い死に追いやった藤原四兄弟が全員天然痘で死んでしまうという事態が発生。兄弟4人が、発病から1年の間にみんな死んでしまった事から、さすがにこれは長屋王の祟りではないかと疑う人がいたはず。
 菅原道真の例もあるように、祟りは祟り主の位が高く、無実であるほど強いと考えられていたので、皇族の祟りはトップクラスに恐れられた事でしょう。

 もっともこれらは自分達の歴史書に、
「無実の罪で長屋王を殺したので、藤原四兄弟が全滅したのは祟りだと思われる。それを収めるために大仏を造った。」
 なんて悪く書けませんから、資料は残りませんし、資料に残らないので教科書などにも載りませんけれど。

 長屋王が即位に反対していた藤原不比等の孫である聖武天皇が大仏建造を命じた時に、周りの人はさすがに怪しんだのではないかと思います。

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 大仏を横から撮影。
 ファミコンの『火の鳥 鳳凰編』ってこんなパッケージじゃなかったかな?

 帰宅して調べたら、右手ではなく左手からの構図になってました。

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 鬼瓦。
 これ我王が作ったやつかな?

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 というわけで旅の目標1か所目、東大寺をクリア。
 帰りに鹿せんべいを買ったら、せんべい屋さんから受け取った途端に多くの鹿から洗礼を受ける羽目に。
 みんな頭突きしてくるんだよなあ、せんべい欲しさに。
 この写真も3回目のチャレンジでようやく撮影できました。


 
 そしてここで乗り継ぎデータを確認。
 あと20分後に発車する電車に乗ったら、目的地へ向かうバスにストレートに乗れます。
 それを逃すと、次のバスが発車するまで1時間待つハメになります。

 奈良駅までは2.5km。
 行きに30分かけたこの道のりを20分弱で戻ってきたこの競歩並の移動は、後に『奈良大返し』という名前で教科書に出てくることでしょう。
 こんなに必死で歩いたのは久しぶりです。
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[ 2015/04/04 09:00 ] 日記 | TB(0) | CM(0)

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