熊本城と船を巡る冒険 2日目 Part.1 軍艦島散策記

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 9月18日、2日目の朝。
 2日のメインである、軍艦島上陸ツアーに参加する為、長崎駅から長崎電気軌道(路面電車)に乗って大波止駅へ。
 大波止駅前には文明堂の総本店があります。

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 大波止駅から数分歩くと、長崎港ターミナルに到着。
 観光丸が停泊していますね。

 元々は勝海舟がアメリカまで乗った咸臨丸という船を、佐賀藩が観光丸という名前にし、さらにその観光丸をモデルに作った船だそうです。
 材木なども本物にできるかぎり使われており、復元製としての完成度も高いため、大河ドラマ『竜馬伝』のロケにも使用されたとか。

 今回私の乗った軍艦島クルーズ船にたまたま観光丸でボランティアガイドをされている方が乗り込まれて教えてくださいました。
 このあたりの歴史は最近勉強したばかりなのでこちらからもいろいろ言いたい事がありつつも、ちょっとディープで置いてけぼりにしちゃいそうなので、話だけ聞いていました。

 船の中には福山雅治さんのサインなども展示されているそうですよ。

 あと観光丸の由来は「国の光を観る」っていう古典の文章から来ていて、我々が普段使う『観光』という単語もここから来ています。

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 軍艦島クルーズはマルページャ3で向かいます。
 2階建てになっており、2回は簡易屋根のみの屋外席です。
 たまたま最初に乗れたので、良い席に座る事が出来ました。

 料金は軍艦島上陸料金を含めて、4500円。
 ネットで早めに予約すると、500円割引となります。

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 アルページャ3、いざ出航。
 港周辺のスポットを観ながら、軍艦島へ向かいます。

 奥に見える巨大なタンカーのドッグ周辺では、過去に大和型戦艦武蔵が建造されました。

 的な、すげえスポットがサックリ紹介されているなあ。 

 造船所の反対側にグラバー邸があり、過去に本で読んだ、
「戦艦武蔵は最高機密の存在だったので、造船所がまる見えになるグラバー邸を海軍が買い取った。」
 という文章を思い出しました。

 なるほど、あそこから見たら武蔵がまる見えになっちゃうだろうなあ。

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 そうこうしているうちに、軍艦島へ到着。
 軍艦島クルーズは、出発しても上陸できない事があるという説明があったので、船が止まれるかどうかハラハラしながら待ちます。

 行ってわかったのですが、このあたりは外洋の波なのかやたらと荒く、止まっているだけでも船が大きく揺れています。
 見学途中に個人所有の小型クルーズ船が通りかかってましたが、波に船が突っ込んじゃうのではないかと言う位大きな波がきていました。  

 幸いにして接岸に成功。いよいよ上陸となります。
 ただこんなに大きな島なのに、歩けるところ少ないんだよなあ。
 ガイドさんの後に見学通路を歩くだけだし。
 もっと色々自由に散策しても良いんじゃないかな?

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 ・・・・・・という不満は上陸後即消滅。

 コレじゃあ自由散策は無理ですよ。
 建物の解体撤去作業をまったく行っていないので、建物の壁を成していたコンクリートがすべて落下しているんです。
 しかも元炭鉱なので、穴とかあったりしまして。

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 ところどころに鉄筋が上向きに剥き出しなので、スニーカーで踏んづけたら足なんて軽く貫通しちゃうでしょうね。

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 右手にあるのが30号練といい、大正5年に建てられた日本最古の鉄筋コンクリート製アパートです。
 さすがに生活は出来ないものの崩壊せずに残っています。
 基本に忠実にしっかりと建築したので、まだ健在なのでしょう。

 軍艦島は炭鉱に集まった人々で、当時の人口密度は日本でダントツにトップだったそうです。 
 そんな人々の生活の楽しみとして、パチンコ屋や映画館、喫茶店なども用意されていたとか。
 精神面や衛生面では床屋や病院、お寺などがありました。
 
 海面に合わせてアパートが建てられているのは、
「海からの波が凄い事ってあるよねー。だからアパートそのものを防波堤にしちゃおうYO!」
 という事で、人権意識と言うか、人命意識が希薄だった時代を物語るお話です。

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 お風呂は個別に無く、ほとんどが銭湯を利用しました。
 主な仕事が炭鉱員なので、身体はいつも真っ黒。
 海水の浴槽を複数用意した銭湯へ炭鉱員が順番に入っていき、最後の上がり湯でようやく真水が使えたとか。
 当然、最初に入る浴槽は真っ黒になったことでしょう。

 島では真水が貴重なので、お風呂や上の画像の25メートルプールなんかも海水でした。
 こちらもさぞベタベタしたでしょうね。

 また島は真水だけでなく土地も不足しており、お墓(納骨堂)と火葬場は近くの中ノ島に設置したそうです。
 中ノ島は軍艦島と同じく炭鉱目的で一般企業が買ったものの、条件が悪く炭鉱として使用できず、火葬場などが設置されました。
 こちらも軍艦島が閉山すると同時に放棄され、現在は無人島です。

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 上陸が終わると、軍艦島を一周して長崎の港へ帰ります。
 軍艦島は当時建造されていた加賀型戦艦「土佐」に形が似ているから、軍艦島と呼ばれるようになりました。
 このアングルだと軍艦のように見えます。

 ただし土佐自体は軍縮条約の影響で建造が中止となり、標的艦(砲撃の標的にしたり爆発をさせてデータを取る)船となりました。
 また、加賀型戦艦は航空母艦に改装され真珠湾攻撃で活躍し、後にミッドウェーで沈みました。


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[ 2015/09/20 09:00 ] 日記 | TB(0) | CM(0)

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