四国の城を巡る小冒険 1日目 Part.2 3年前との答え合わせ?


 四国は電車が弱いね!
 と改めて思った、丸亀から高松への道のり。

 1時間に各駅は1本、特急が1本、岡山経由の快速が1本と、これだけです。
 ためしに各駅に乗ったら、2両編成。
 そしてガラガラ。
 四国は車社会なのだろうか。
 駅前にニョキニョキ立っているお墓とか、駅と言うか電車が止まるだけのスペースとか、朽ちた家とか、味わいはあるのだけれども。

 電車好きの間では、四国の評判はイマイチらしいとか。

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 ガタゴト揺られて高松へ到着。
 なんか駅舎が顔になっとる。

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 3年前はこうじゃなかった。
 どこかで吹っ切れたのだろうか。

 駅前はそれほど変わった様子はないです。
 3年前に泊まったホテルも健在でした。
 今回は瓦町に泊まるのだけれども。

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 早速高松城のある玉藻公園へ。
 海水を引いた海堀には鯛や河豚が住んでおり、タイのエサもあげられます。
 あたりが入っているとグッズがもらえるとか。

 エサのガチャガチャが新しくなってますね。

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 3年前のガチャガチャはこっち。
 撮影魔だとこういう些細な事も記録されているので、我ながら便利です。

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 天守台の工事も終わっていました。 
 明治時代の時点ですでに天守閣は無く、初代藩主松平頼重を祀った玉藻廟が建てられていたそうです。

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 3年前の天守台はこんな感じです。
 
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 現在は天守台に行けて、良い眺めも楽しめます。
 視線の先には、先程紹介したタイエサのガチャガチャがあります。

 私が観たのはタイとフグだけですが、イカやヒラメもたまに入ってくるそうです。
 釣りとかしたら怒られるのかな?

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 3年前は朝早く、まだ開いてなかった陳列館(資料館)へも、今回は入る事が出来ました。
 現地の小学生による、クイズなども展示されており、小規模ながらなかなか楽しめます。

 ここに書いてある通り、高松城初代藩主の松平頼重は水戸光圀のお兄さんです。
 お兄さんなのに出生問題のゴタゴタで弟の黄門様が水戸家の跡継ぎになってしまいました。
 水戸家の跡継ぎになった頼重の弟光圀は、グレて処刑場から生首を拾ってきたり、ホームレスを斬り捨てて遊んでいたりもしましたが、中国の書籍を読むうちに感銘を受け、いわゆる世間の知る黄門様になっていきます。

 その後光圀は頼重と息子を養子交換することで、兄への義理(負い目?)を果たします。
 反対に高松藩には光圀の息子が養子に行き、黄門様の家系が高松藩の藩主となります。
「このままでもなんだから、兄貴の息子を養子にもらって、水戸家を継いでもらおうか。」
 という考えに至ったあたりは、儒学を重んじる黄門様らしいです。

 なので、ドラマ『水戸黄門』ではたまに高松藩の危機を救うべく旅に出るストーリーがあるのです。
「それでは、高松の頼常殿に会いに行きますかな?」
 という台詞は、黄門様が実子に会いに行く話と思って観れば、水戸黄門をさらに楽しめると思いますよ。


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[ 2016/01/23 09:00 ] 日記 | TB(0) | CM(2)

知らなかった><

3年前との比較写真が面白いね。ちゃんと変化してるw
四国はバイクや車が無いと生活できないって香川に住んでる友達から聞いてたけど、ホンマそうやねんなぁ。電車事情悪すぎw
そして黄門様にそんな過去があったとは知らなかった。
テレビのイメージしかなかったんでそんなグレてた時期もあったとは意外やわ。
[ 2016/01/28 01:39 ] [ 編集 ]

大体グレてる

ちなみに古いエサの自販機は、別の場所で稼働してた。
タイもそれをわかっていて、自販機周辺をウロウロしていたっけw

黄門様だけでなく、鬼平犯科帳の長谷川平蔵も、遠山の金さんも、割とグレていたみたい。
もっともこっちの二人はその頃の生活のおかげで世間を良く知っていて活躍したので、歴史はわからないね。
[ 2016/01/30 10:37 ] [ 編集 ]

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