他人の日記は楽し

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武士の絵日記 / 世田谷代官が見た幕末の江戸 / 幕末下級武士のリストラ戦記

 日記を書くのが趣味の私は、他人の日記を読むのも好きでして。
 江戸時代から昭和まで、日記をまとめた本を何冊か読んでます。

 教科書に乗る歴史的イベントを当時の人はどのように感じていたのかという疑問はもちろん。
 あの、ほら、今風に言うと、私ってば食べるの好きじゃないですかー。
 なので当時の人の夕飯がどうだったとかというのも、結構面白いんですよ。

 というわけで、ここ数日で読み終えた本を3冊紹介します。
 どれも現代編者の解説や現代訳もほぼされているので、古文や歴史に詳しくない方でも楽しめますよ。

『武士の絵日記 ~幕末の暮らしと住まいの風景~(大岡敏昭)』
 忍藩、今の埼玉県行田市の藩士だった尾崎石城(おざきせきじょう)の日記。
 世は幕末。佐幕尊王開国攘夷と、これからの政治は誰が担当するか、外国の扱いをどうするかで決めかねていた時代。
 下級藩士の尾崎は忍藩藩主に意見書を出して、罰として蟄居減俸されてしまいます。
 忍藩の藩主は松平家という親藩(徳川家の親戚筋)ですので、怒られた理由はおそらく徳川家を退ける尊王派の意見書を提出した事でしょう。
 
 ただし当の本人はさして気にもしていない様で、日記にはお酒を飲みまくっています。
 下級武士同士で飲んだり、近所のお寺で食事をしたり、手習いや絵描きのバイトをしたり。 
 あまり悲壮感が無い事に好感が持てる人物なんですよ、この尾崎石城さん。
 絵が上手なので絵日記の部分も面白いですし。
 
 ちなみに忍藩の本拠地は、映画『のぼうの城』で有名な忍城。
 秀吉による小田原征伐時に石田三成の軍を退けたものの、城主の成田氏は追放。
 その後江戸時代になり、江戸に近い事から最終的には家康の親戚筋が大名になりました。
 行田市はゼリーフライとか美味しいです。

『世田谷代官が見た幕末の江戸(安藤優一郎)』
 こちらは幕末に世田谷代官をしていた大場与一の妻、大場美佐の日記です。
 江戸時代、世田谷(今の東京都世田谷区)は井伊家の飛び領地でした。

 井伊家といえば徳川家に古くから仕える譜代大名の筆頭格。
 本拠地としてひこにゃんでお馴染みの彦根藩を収める井伊家は、老中や大老など江戸の政治に携わる事が多く、
「ずっと江戸にいるのだから、何かあった時に彦根から毎回何かを求めるのは大変だろう。」
 と、井伊家の人間が江戸に住んでいる時に費用の足しに、江戸幕府から飛び領地をもらっていました。
 この飛び地世田谷を管理していたのが、大場与一というわけです。
 
 なんとありがたく素晴らしいお話!・・・なのは井伊家のお偉い人だけで、これ世田谷の人は大変なんですよ。

 例えば新年はお餅が食べたい、と井伊家のお殿様が思ったとして。
 今のようにスーパーで買うわけにもいかないので、餅屋で買うか自分で搗かなくてはいけません。
 そうなると世田谷の人々が餅つき要員として井伊家の屋敷へ行かされるわけです。
 お殿様と家臣の食べるお餅を全部作らないといけないので、何日も泊まり込みで餅を搗く。
 その間は寒い台所の土間で寝起きするので、体調だって崩します。
 挙句の果てに殿様の命令なので、給料はありません。

 他にも節分だからヒイラギを持って来いとか、端午の節句だから菖蒲を持って来いとか、屋敷の草むしりをしろだとか。
 代官としては領民の苦労は痛いほどわかるけれども、それじゃあ井伊家のお殿様に負担を軽くしてくれなどとは言えないわけで。

 中間管理職はいつの時代も大変だなあとしみじみ思う1冊でした。

『幕末下級武士のリストラ戦記(安藤優一郎)』
 この日記を描いて初めて気づきました。
 この本とさっきの世田谷代官の本、編集者が一緒だ!

 ・・・というわけで、最後に紹介するのがこの本。
 御家人だった山本政恒(やまもとまさひろ)の日記です。

 御家人は上記二人とは違い、徳川将軍家の家来となります。
(藩士や世田谷代官は将軍家の家来の家来なのでちょっと違います。)
 御徒組に所属し、御徒町(今のアメ横周辺)に住んでいました。
 
 主な仕事は将軍の身辺警護。
 鷹狩の際などは将軍と同じ黒羽織を用意し、将軍に危険が及んだ場合は将軍が徒士の格好になり、徒士組が黒羽織を着て将軍のようにふるまうという、いわゆる影武者の任務などもあったそうです。

 肉体労働で命を張った任務も多かったのに御家人は待遇が悪くて大変だったようで、例えば江戸城の警備をしていても、食事はいくつかある中でもっとも格下の調理場、さらに調理人が燃料を自分の懐に入れてしまう為、お湯にくぐらせただけの質の悪いお米やお湯のような汁を食べさせられていたとか。

 この山本政恒さんの日記は明治維新以降長く続いているのが特徴で、幕府が無くなった後の生活もわかるのがポイント。
 色々と苦労をしつつ、帝国博物館(今の東京国立博物館)で務められたりと、今の日本とのつながりも感じられました。

 

 というわけで、ざっと3冊の日記を紹介してみました。
 おそらく、どれも書いている本人はここまで自分の日記が有名になると思っていなかっただろうなあ。 

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[ 2016/04/24 10:00 ] 日記 | TB(0) | CM(0)

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