終の寝床

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ぼくがいま、死について思うこと(椎名誠/新潮社)

 事故に遭ったり、身近で人が死んだり、愛犬が瀕死になったり、旅先でお寺を見かける事が増えたりして、死について考えるようになりました。

 そんな中、丁度私の文章の師匠(と私が勝手に思っている)である椎名誠さんの本を見かけて読了。

 椎名さんが丸々一冊死について考える、というより、旅を含めて世界で見かけた死やお葬式、自身が生死の境をさまよったお話など、死にまつわるエピソードが書かれていました。作家さんの中でも色々な場所へ旅に出た椎名さんらしく、話の引き出しが沢山あったように思います。

 私の年齢で一番気になったのは、お墓です。
 旅先で地元の方が埋葬されていたであろう朽ちかけたお墓や、忘れられている墓石などを見ると、このままでは日本はお墓だらけになるのかもしれないなと本気で思っています。墓石は一度作ると滅多な事で壊されないので、年々増えていく一方ですからね。

 その点、私が気になっているのが旅先のお墓で見る共同永代供養スペース。
 特定の墓石を作らず共同スペースに納骨をする形式で、有名なお寺でもお手頃な価格で利用できます。
 例えば6月の上田日帰り旅で立ち寄った、真田昌幸の墓がある長谷寺さんでは、30万円で共同永代供養塔が利用できます。真田昌幸が眠る地の近くで、六文銭が刻まれている共同塔に自分の骨が納められるというのは、歴史好きにはたまらない「終の寝床」でしょう。
 東京で墓石を立てると100万200万円はしますからね。
 
 また、椎名さんの本や旅番組などで有名なのが、大阪にある一心寺。
 こちらは納骨された骨でお骨佛(阿弥陀如来像)を作る事で有名らしく、全国から納骨を希望される方が足を運ばれるとか。
 料金は納める骨の箇所によって変わり、1万円から3万円ほどだそうです。
 自分の骨で作られた仏像ならば、毎年お参りに行く身内も少しは親しみを持ってくれるかも?

 祖母の付き合いの墓参もすでに祖母が同伴できず、私一人で行くようになり。
 これから徐々に定期的に通う墓も減ってきました。
 今墓参しているところも、次の代になったらもう立ち寄る人もいないでしょう。

 できれば、埋葬後はそのまま自然に帰る方法が日本に出来ればなあと思う今日この頃です。

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[ 2016/07/27 09:00 ] 日記 | TB(0) | CM(0)

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