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小田原プチ遠征記 後半戦

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 美味しい海産物を焼いて食べて火傷をした後は、小田原の定番観光地、小田原城へ。
 北条早雲より5代に渡って栄えた北条家(後北条家とも言います。)の歴史を語る地でございます。

 北条早雲といえば、本来幕府から指名されていない立場や身分であるのにもかかわらず、実力で国をとるという、いわゆる戦国大名の大先輩で、朝倉孝景と並んで元祖戦国大名と言われている人物です。それが4代目氏政と5代目氏直の時に豊臣秀吉と争い降伏。氏政は切腹、氏直は僧侶となり戦国大名としての北条家は100年の歴史に終止符を打ちました。

 もっとも北条家そのものは絶えることなく、旗本もしくは大名として存続を許され、無事に幕末を迎えています。
 大岡越前(大岡忠相)の母親も北条家から来たようです。

 また、北条家の家臣も実力のある家は徳川家に採用されて旗本になっています。
 赤穂事件の吉良上野介の家系、吉良家も元々は北条家の家臣でしたし。

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 北条家は戦国大名としては決してダメな家系ではなく、むしろ小田原城などの巨大な城壁や民衆に慕われる善政など5代の中でも名君の評価をされる人物が多い家柄なのですが、全国を統一するという目的を持った豊臣家(織田家の思想を引き継いだ形で)と、自分の土地を広げていくという目的の戦国大名では、最終的に総合力で大きな違いが生じてしまったのだと思います。
 
 戦国大名が生まれ、統一を図る天下人までの日本のフォーカスが変わる100年間。
 北条家はその中で栄えて滅びる事で、ひとつの歴史を物語っているのではないかなと思います。
 5代分の歴史を見ると、戦国時代がどういう時代で最終的に時代が何を求めているのかがなんとなくわかるような気がするのです。

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 小田原攻めの際に小田原城を一望できるようにと、秀吉が石垣山一夜城を作ったのがここらへんだそうです。
 このお城は完成後に周りの木を取り払い、小田原城にいた兵士を驚かせ戦意を失わせています。
 なんとも秀吉らしい演出ですね。

 あくまでも私の考えですけど、北条家は早々に降参していれば領地安堵や、少なくとも戦国大名としては残れたのではないかな?

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 というわけで、今回の小田原征伐も無事に終了。

 お城や資料館を堪能した後は、海老名PAでつけ麺を堪能。
 さらに名物のメロンパン(超絶美味でありました!)を食べつつ、帰りました。

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[ 2014/09/28 10:38 ] 日記 | TB(0) | CM(0)