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狸と墓を巡る小冒険 2日目 Part.1 おいで! さあ、みんな!

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 この旅行で利用したホテルは割と最近建設された新しいホテルで、入り口に機関車の看板(型番の書かれている)が沢山展示されていました。
 やや広めのユニットバスで旅の疲れを落とし、肩こりに良い湿布とめぐりズムの蒸気でアイマスクを装着して寝たら。

 ・・・・・・ものの見事に爆睡、寝坊。

 朝起きたら7時44分でビビりました。
 だって出発予定時間が7時30分だったのですもの。
 大体ホテルで寝ると5時とか6時に起きてしまうので、今回もそんな感じでいたのが敗因です。

 朝食でパンとコーヒーをもふもふ食べつつ、チェックアウト。
 ピークこそ過ぎたものの、まだまだ紅葉の足跡が残っていますね。

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 やってきたのは出町柳。
 アニメ『たまこマーケット』のモデルとなった商店街の、たまこの家のモデルとなった出町ふたばさんへ。
 ここの豆餅が美味しいので、行列に並んで購入。
 
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 飛出しを注意する人形「飛出し人形」もたまことデラちゃんになってますね。

 去年の春に来た頃から、また新調されたようです。

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 豆たっぷしで最高に美味しい豆餅を食べながら、商店街を出て少し歩くと、十念寺に着きます。
 ここには足利義教(よしのり)のお墓があります。
 残念ながら、一般公開はされていない模様で、中に入れないので入り口だけ撮影してきました。

 足利義教は金閣寺を作った義満の息子であり、銀閣寺を作った義政のお父さん。
 くじ引きで決まった将軍という事で、今の人にはありえない人と考えられていますが、当時はくじ引き≒神様に選ばれた人という価値観があり、むしろ本人はそれを強みにして活動されていたような形跡があります。

 最後は部下に暗殺、それも、
「庭に鴨が来たから見に来てください。」
 的な誘いでだまし討ちされ首を切られた事で世間的な評判はあまり高くありません。
 室町幕府ではもっとも広いエリアを支配していた実績もあるので、政治的能力はかなり高いと思いますけどね。

 彼の暗殺で次の将軍は8歳の義勝が選ばれ、その義勝は9歳で死去。
 後任として、義勝の弟の義政が8歳で就任します。
 この間幼い将軍職を補佐する名目で、細川家や山名家が権力を手にする事になり、室町幕府は衰退し戦国時代に移行していきます。
 そりゃあ義政も8歳で将軍職について面倒くさい家来に囲まれれば、政治嫌いにもなるかもしれませんね。

 この時代には将軍補佐役に山名宗全も活躍しています。
 竹田城を作ったのは、この宗全だという説が有力だそうですね。

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 十念寺の隣にあるお寺は、阿弥陀寺。
 こちらも公開されていないようなので、外から写真を撮影したのみ。

 このお寺では、織田信長をはじめとした本能寺の変の死者が弔われています。
 信長の死体は今に至っても見つかっておらず、遺灰と思われるものを本能寺から持ち帰ったとか。

 義教と信長には、当時強力な武力を背景に活動していた比叡山相手にやりあっていたという共通点があります。
 歴代将軍や諸大名が手をこまねいていた日本の大宗教団体に改革を求めたというのは、政治家としても優秀だと思うのですがどうでしょうね。

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[ 2015/12/12 09:00 ] 日記 | TB(0) | CM(2)