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新刊お疲れ中国地方の旅 Part.3 木曽の樵歌

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 おはようございます。旅2日目です。(今回は夜行なので3日目なのかな?)
 本日午前中の予定を昨日のうちにクリアしてしまったので、これから岡山方面へ向かいます。
 その途中の備中高梁駅で下車、備中松山城へ攻め入ります。
 明日の予定を今日の内にクリアしておくというわけですね。

 まんが県鳥取に隣接するからか、コナン列車とかあります。
 コレ、乗ったら中で殺人事件が起こるやつだ。

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 私がのるのは特急やくも。
 特急なのに時間調整でやたらととまり、岡山まで3時間近くかかります。
 常磐快速線より遅い特急です。
 そして車体が揺れます。 
 とてもじゃないけど本は読めないです。

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 列車に揺られる事2時間、備中高梁駅に到着。
 前情報で山の中にあるお城と学校位しかない駅と聞いていたので田舎タイプの駅かと思いきや、非常に綺麗で大きな駅です。
 スターバックスとかTSUTAYA図書館とか、便利な町ですね。

 全然関係ないですが、島根の女子高生のスカート丈はハンパなく長いです。
 これが岡山エリアに入ってくると関西弁を使うちょっとだけミニスカな女子高生も出てきます。
 なるほど、これは東京の大学に行って変なサークルに入ったら騙されちゃうだろうなあとふと思ったり。

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 街の巡回バスで松山城登山口まで乗り、そこからは徒歩です。
 まずはあまり整備されていない山道をふいご峠駐車場まで30分かけて歩きます。
 ふいご峠駐車場からお城までは徒歩20分。
 12月はふいご峠駐車場までのシャトルバスが出ていないので、ここから歩くか、駐車場まで車で行くかの二択。
(タクシーだと帰りの道やバス停がわからない時に困るので)

 やさーしく、やさーしく表現すると、お城までは地獄のような登山口でした。
 日本に現存する天守は12箇所あって、今回の旅で私はその中の10箇所までを攻め落としましたが、お城までへ行く難易度はこの備中松山城がずば抜けて高いです。
 松本城、犬山城、松江城と平城が続いていた私は、山の恐ろしさを改めて知る事になりました。

 木で作った階段は腐ってて崩れているわ、40センチとか50センチの段差はあるわ、道の外側しか歩けないけど、そこで足を滑らせたら転げ落ちそうだわ、自分以外誰もこの山道を歩いていないわで、ほとんど写真も撮れていません。季節の関係もあれど、このお城へ行く為に一番大変なルートを選んでしまったようです。 

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 途中の休憩所は明らかに休憩させてくれそうもありません。

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 この道を利用しないと見られない小さな史跡も無いわけではありませんけど。
 これは元禄事件でお馴染みの大石内蔵助が腰をかけたと言う岩です。
 備中松山城の城主は無嗣断絶(跡継ぎがいないのでお家断絶)となった御家が多く、次の大名が引っ越してくるまで別の大名が当番で城主をする事があり、この備中松山城の場合は後に殿中で刃物を振り回すロックな大名、浅野長矩(浅野内匠頭)が引き受けました。
 もちろん本人がこの城に来てしまったら本国が空白になってしまうので、家老の大石内蔵助が臨時城代として1年間いたのです。

 あの頃はバスなんてありませんから、自分の足でここまで来て休憩時にこの岩へ腰かけたのでしょう。
 伝えられている、なので、ホントの所はどうかしらん?
 自分も腰かけようと思ったら割と汚れていたので、チョンと座るだけ。

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 そんなやつはいない。

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 50分の長い登山も終わり、ゼーゼーしながら歩いてきたら、なんか後ろからじーさんばーさん達がのんきに歩いてくるんですよ。
 やつら・・・・・・じゃなくて彼らは車でふいご峠の駐車場へ一気に向い、片道20分のゆるやかな(ここは道が整備されているんです)登城道を手を後ろにやりながらのんびり歩いているんです。

 かーっ! このブルジョワめ。
 ぬるま湯気分で備中松山城を楽しんでるんじゃねえよ!
 こちとら泥水啜って攻め落とそうとしているんだぜ。
 たかだか20分のゆるやかな道に、竹の杖(無料レンタル)使って大袈裟だなあオイ!



「こんにちはー」
「こんにちは!」



 いや、そりゃあ心に思っている事と口に出す言葉は違いますよ。
 見知らぬおばあさんに悪態ついてどうするんですか。

 あ、写真の中央上にある石垣は大河ドラマ「真田丸」で実際にロケ地として利用されました。
 CGで土壁などが加えられたそうですが。

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 到着!
 我が城巡りの中で、もっとも達成感を味わったお城となりました。
 天守の最上階が開けた窓も無く、眺めはあまり良くありませんが、ココに来るまでの眺めが良かったので合格としましょう。
 松江城と同じく、貸切状態でしたしね。

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 よく間違えられる事として、天守は殿様が仕事をする場所じゃない事がほとんどです。
 お城の天守は見張とか、防御とか、そういう時に利用して、開けたところに作った御殿で仕事をします。
 公の仕事は表のエリア、私的な生活は奥のエリアととわけられており、大奥とか、奥方という言葉もここから生まれたのではないかなと。

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 この日はお城の中でも吐く息が白いほど寒かったです。
 山登りで相当発熱しましたけれども。

 当時の人たちも籠城用に囲炉裏を作ってます。
 お城の中の囲炉裏なんて、初めて見ました。

 芋とか栗とか焼いたら美味そうだなあ。

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 ここで私自身に悲しいお知らせがあります。
 あと40分~50分で帰りのバスが出発します。
 それに乗り遅れたら、次のバスは2時間30分後となります。

 ・・・・・・まあ高速で山を下りる下りる。

 倍の速度でバス停まで下りて行きました。
 おかげで膝がガクガクと笑ってます。 

 高校(県立高梁高等学校)のバス停前で待ってる間に食べたチョコレートが美味しいのなんの。
 結局、バスもこのバス停で乗ったのは私一人。
 最後まで登山組を見ない1日でした。 

 家に帰って調べてみたら、この高校は映画評論家の故水野晴郎さんの母校でした。 

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[ 2017/12/23 09:00 ] 日記 | TB(0) | CM(0)