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弘前と仙台と現存天守ファイナルと その2 藩祖と坂東武者

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 弘前城近くにある弘前市立博物館へ立ち寄りました。
 こちらは基本撮影禁止。
 
 規模はやや小さいものの、縄文時代から明治時代あたりまで幅広くカバーしている、なかなか良い博物館でした。
 明治以降のリンゴの栽培についての展示品などは、さすが青森だなあと感心します。

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 博物館最後のエリアにあるのは弘前ねぷたまつりに関するコーナー。
 こちらだけ撮影可能となっており、過去に使用されたねぷたの作品が展示されています。

 これ、毎年新作を作って、終わったら処分してしまうそうです。
 もちろんこれみたいに残すものもあるのでしょうけど、もったいないですね。

 ねぷたの題材は三国志や水滸伝、源平合戦やその前後の歴史などが人気だそうです。
 こちらは人気テーマのうちのひとつ、陸奥弘前藩の藩祖津軽為信(つがるためのぶ/大浦為信)の夜襲を描いたもの。

 津軽為信という人物は京都から最も離れている場所のひとつにいながら、南部家の家来であった身から大名になった非常に実力のある武将です。
 秀吉が天下を取ると石田三成や豊臣秀次などとつながりを持ち、主の南部家より早く秀吉に本領を安堵してもらいます。
 現在で例えると、東京都の千代田区長が安倍総理と仲良くなって千代田区単体で県に独立しちゃった感じです。
 都知事の小池さんが「勝手に独立するんじゃない!」と思っても、すでに安倍総理が許可しちゃったからね、と。

 秀吉や周辺の大名は鷹狩が好きだったので、弘前の質の高い鷹をせっせと送っていたようで。
 結局弘前藩の津軽家は一度も国替されることなく、明治維新までずーっと津軽家が弘前藩を収めていました。
 あまりに遠くなので幕府側も「国替えする意味はなさそう」と思ったのでしょうか。

 東北には伊達政宗の他にも、英雄がいたんですねえ。

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 こちらは『坂東の旋風 平将門』というねぷた作品。
 世間では将門と言うと首塚とか祟りとか連想する方も多いですが、東北では平将門公は非常に人気のある人物です。
 
 額に矢が刺さっているという事は最期のシーンでしょう。
 伝説をベースにしているなら、おそらく矢を放ったのは藤原秀郷。
 滋賀県三上山の大百足を倒した俵藤太と同一人物(本名は藤原秀郷)です。
 
 将門公好きとしては作品の迫力に圧倒してしまい、しばらくじっと見つめてしまいました。
 素晴らしいものを見せてもらいましたなあ。

 なお余談として、青森は「ねぶた」で弘前は「ねぷた」です。

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[ 2018/09/08 10:00 ] 日記 | TB(0) | CM(4)