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神仏の鋭角化

 ここ数年で……といっても、TVの影響もあるのでしょうが、寺社方面にも不寛容の波が押し寄せているように思います。

 私が子供の頃に。
 いや、旅を始めた数年前の時点でも、こんなに寺社方面がやかましい事はありませんでした。

 鳥居の真ん中を歩いて、本堂や本社の賽銭箱にお金を投げ入れて、パンパンと手を叩いておしまい。
 お寺と神社ではお祈りの仕方が違う程度の事はあったものの、今と比べてのんびりしていたような記憶があるのです。

「鳥居の真ん中は神様の通り道だから横を歩く」
「神社は二拝二拍手一礼」
「神様にお願いをするときは心の中で自分の住所を説明する」


 こんなルールがテレビやネットで見かけるようになったのは、ここ最近の話じゃないですかね。
 これほどしっかりやらないと、ご利益は減ってしまうものなのでしょうか。

 しかも、
「正しい作法はこうあるべき!」
 という方は、寺社とは関係のない人である事が多い気がします。

 不思議な事に、オフィシャルサイドではそれほど強制はされてないんです。
「こういう作法はありますけど、やはり大切なのは穏やかに参拝をされる事です」
 なんて、お寺や神社の関係者は優しく仰られています。
 僧侶の方や神主さんが参拝される方に厳格な作法を押し付けている場面を見たことがありませんし。

 例えば神様に住所を知らせるって言っても、神様が最新のゼンリンの住宅地図を常に用意しているわけではないでしょう。
 下総が千葉や茨城になったとか、神様はご存じなのでしょうか。

 そしてルールを厳守した結果、縁結びで名高い出雲大社には良縁を求める女性の実名と住所がしっかり書かれた絵馬がズラリと並んでいるわけで。
 おじさんのおせっかいなのかもしれないけれども、神様以外に個人情報を知られる形にするのはよろしくないかと。
出雲大社の訪問記で絵馬を紹介&撮影していない理由は、実はコレが原因でした)
 
 しっかりと作法を守るのもご利益を求めて御朱印の列に並ぶのも、それはそれで面白いのかもしれませんけれども、境内のゆるやかな時間の流れとか、掃き清められた本殿とか、敷地内にある資料館(別料金である事が多い)とか、のんびりとした楽しみ方もあるはずなのになあ。

 この業界がSNSのように息苦しくならない事を祈るばかりです。

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[ 2019/05/21 09:00 ] 日記 | TB(0) | CM(0)