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海軍主計大尉 小泉信吉

 先日は主計課の水兵さん、いわゆる飯炊き兵の本を紹介しましたので、今回は海軍士官に関する本を紹介しましょう。

 小泉信三の『海軍主計大尉 小泉信吉』です。

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海軍主計大尉 小泉信吉(小泉信三)

 本文に入る前に作者の事を少しだけ書きましょう。

 小泉信三氏は明治21年生まれ、昭和41年没の経済学者です。
 慶應義塾大学の塾長を務めるほどの優秀な方で、昭和20年の東京大空襲で焼夷弾によるやけどを負い塾長を辞した後は皇太子明仁親王(現上皇/平成天皇)の教育掛を務めました。

 本書は小泉信三氏の息子である小泉信吉の海軍での話が納められています。

 信吉さんは非常に博識でさらに海軍好きであった為に、徴兵時には海軍を希望しました。
 入社して半年程度だった三菱銀行を休職し、海軍士官を志願。
 主計中尉として巡洋艦「那智(なち)」に乗艦します。

 構成としては、小泉信三氏の思い出が、当時海軍から送られてきた信吉さんの手紙と共に語られているというもの。
 信吉さん自身は教職にはついていないものの非常に博識で、ユーモアを交えながらこまめに手紙を送られていたようです。

 海軍の飯炊き兵とは違いエリートが集まる士官学校。
 水兵さんがお尻をバンバン叩かれている間も、隅田川でカッター(船)演習があったり、相撲大会(これも鍛錬のうち)があったりと、どことなく穏やかな空気であったようです。
 
 彼が任命された主計中尉は遠征先で食料の手配をしたり、艦内で支給する給与を用意したりと、責任のある任務でした。
 本人いわく艦内で20番目程度の階級であり、士官待遇なので基本的に飯炊きの任務もありません。
 この位の身分になると海兵にとっては神様である左官との交流もあり、非番の日には副官達と登山等を楽しんでいたそうです。

 ですが那智での生活も長くはなく、砲艦八海山丸へ転勤となります。
 元々商船を改造して作った急増軍艦なので速度も遅く、耐久性も低くいこの八海山丸は、昭和17年10月22日に沈没。
 信吉さんは近くで爆発した敵の砲弾が当たり、戦死されました。

 戦死の話になるまで信吉さんの手紙を読んでいく構成だったからか、私はすっかりこの人物の知り合いのような感覚になってしまい、戦死の話は非常にショックでした。もちろん実の父親である信三氏は私なんかでは想像できないほどの辛い出来事だったでしょう。
 
 名誉の戦士の為一階級特進をし大尉となったものの、大切な息子さんが無事に帰ってこられた方が遥かに嬉しかったでしょう。
 我ながら、本当に無粋なコメントですけれども。
 
 本書が好きになった為に生まれた贔屓目を加味しても、信吉さんが生きて帰ってきていれば戦後日本で活躍された事だと思います。
 またこの小泉家の他にも、「生きて帰ってきていれば戦後の日本をしっかり支えてくれた青年」は数多くいたでしょう。
 戦争というものは本当に悲しい出来事なのだなと、改めて思います。

 本作では「海軍主計課」という珍しい任務の実態を知る事の出来る他、お子さんがいらっしゃる親御さんが戦争時代の「親」を知る為にも貴重な資料となってくれるはずです。少し腰を据えて読書の秋を堪能されたい方にオススメします。

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[ 2019/11/08 09:00 ] 日記 | TB(0) | CM(0)