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弘前と仙台と現存天守ファイナルと その7 手をとりあって

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 今回の旅で最後の目的地、荒浜小学校。
 津波の被害を受けて閉校した後、震災遺構として保存されています。
 ただ3Fから4Fにかけて非常食などが備蓄され、現在でも津波の避難地区として機能しています。

 昨日の日記で丸を付けている地図がありますが、そのエリアを北から眺めているのがこの写真です。
 津波は右手から押し寄せてきました。

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 右手の入り口から撮影しました。
 津波はこの写真の真ん中から下にかけて雪崩込みました。
 
 当時の責任者だった川村校長先生はたまたま2010年にチリ津波のニュースを学ばれ、
「これからは津波の避難も取り入れないといけない」
 と考え、今まで体育館に避難していたのを校舎の高い所へ変更。
 それから1年後、実際の大震災でこの訓練が役に立ったそうです。
 それも停電か何かで全校放送も使えなくなったので、携帯できるマイクを持って全教室に呼びかけて上に行くように指導したとか。

 残念ながら1名の生徒が亡くなられたそうですが、それでも体育館へ避難していたらもっと被害が大きくなったはず。
 校長先生、ものすごい英断されましたね。

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 歴史ある学校でおなじみ、二宮金次郎像。
 震災から8か月後、学校から100m離れたところで発見されました。

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 校舎の1Fは完全に水没。
 津波で流された自動車も教室の中に突っ込んだようです。
 写真で見る限り、3台くらいは教室に突っ込んでますね。
 いや、本当に凄まじい。 

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 津波到達ラインの看板。
 これ、2Fの廊下なんですよ。
 
 先生たちは2Fに水が流れてきたり、海の方で黒い煙が上がっているのを見たそうです。

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 避難生活の資料が展示されているコーナーもありました。
 荒井駅の交流館でお話してくださった女性ボランティアさんもおっしゃっていましたが、避難地区ではプライバシーなどもなく、カーテンもない生活だったそうです。
 現在災害の避難箇所で見られる段ボールベッドや仕切りのカーテンなどは、この反省を生かして導入されています。 

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 140年以上の歴史を持つ荒浜小学校。
 閉校した今、この校歌が歌われることはもう無いのですね。

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 最後に屋上に出て周辺を撮影。
 こちらは海側の方を撮影したものです。

 すっかり住宅地は無くなり、かさ上げ工事が続いてます。
 防波堤もできて津波を防げるのは重々承知の上ですが、やはりココに住んでいた方々にとっては理屈では理解できない部分があったでしょうね。
 防災の為とはいえ、自分が住んでいた土地を簡単に手放せないでしょう。


 インターネットや本でも津波の資料には触れておりましたが、実物を見ると得られるものが多いのが今回の訪問で分かりました。
 現存天守閣コンプリートをはじめ、今回の旅は実りの多いものとなりました。


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[ 2018/09/13 09:00 ] 日記 | TB(0) | CM(0)

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