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小学校中学年の道徳

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 というわけで、昨日から引き続き小学校中学年(3年&4年)の道徳教科書のお話です。
 今は「中学年」なんて言わないのかな?
 私の通っていた小学校ではそういう年代分けがありました。

 内容はちゃんとしています。
 よく言われているような「愛国心を育てる」というようにはなっていないと思います。
 日本のお祭りや文化、日本を好きな外国の文化人などを紹介するくらいは問題ないでしょうし。
 インターネットの注意点やゴミ問題についてなど、所々で現代風にアレンジされている箇所も見られます。

 ただ設定されている目標があまりにも高すぎる気はします。

「やろうと決めた事は最後まで!」
 という教育は、子供の頃から良い習慣を身に着けようという点では確かに優れてます。
 ですが毎日ジョギングを続けてオリンピックで金メダルを取った高橋尚子さんや、夢を諦めない例としてW杯でMVPに選ばれた澤穂希さんが目標とは、あまりにもゴールが高すぎます。
 
 高橋尚子さんは数千数万のマラソンランナーの中で、たった一人しかなれない金メダリストになってます。
 澤穂希さんのMVPも、四年に一度のワールドカップで頂点に立たないと得られないものです。

 ただ想像力を働かせてほしいのは、残りの負けた人の中にも夢を諦めなかったり、毎日走り続けていた人がいるわけです。
 ものすごくぶっちゃけてしまうと、高橋さんも澤さんも成功したからエピソードに選ばれただけで、その何千倍または何万倍の努力したエピソードは誰にも聞かれずに闇に葬られるわけです。

 でも世の中のほとんどがその闇に葬られた方々、つまりは頂点に立てなかった人々で成り立っています。
 
 例えばみなさんの親御さんや親戚は、何かで世界一になられたことがありますか?
 多くの方の回答が「いいえ」になると思います。

 それではみなさんの親御さんや兄弟や親戚は、努力をしなかったダメな方でしょうか?
 これも多くの方の回答が「いいえ」になると思います。

 適度に挑戦して、適度に誤って、適度に諦めて、適度に成功や失敗を経験するのが基本的には当たり前なわけでして。
 図書館の棚を数列分埋める程度にしか伝記が存在しないという事は、正直に生きようが努力をしようが夢を諦めなかろうが物事には限界があり、偉人になるのは難しいという証明にもなりませんか。
 
 小学生なら、目標は早起き位から始められてはいかがでしょう?
 
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[ 2020/05/29 09:00 ] 日記 | TB(0) | CM(0)

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